1月の週末に、銀座8丁目にある「中銀カプセルタワー」を訪れた。視察はこれで4度目となる。今年になり解体されると聞き、最後の別れを告げるとともに、隈なく観察しようという主旨だ。50年前のオリジナルユニットに触れてみると、さまざまな思想と技術が読み取れる。メタポリズムの傑作であるカプセルタワーとそのカプセル(埼玉県立美術館に保存)を現地取材し、現代に繋がる思想について思いをはせた。
「中銀タワーマンション」は黒川紀章の設計で、完成は1972年。今から半世紀も前のことである。当時は、菊竹清則や黒川紀章が1959年から提唱したメタボリズム(「新陳代謝」を意味する生物学用語)の作品が実現し始めていた。建築も都市も生命が成長、変化を繰り返すように造形モデルを繰り返すように造形モデルを展開するべきだと考えていた。特に1970年の万国博覧会で実験的なメタボリズム建築が「万博お祭り広場」をはじめ多数建設された。その中に未来住宅として研究発表されたカプセル住宅があった。このカプセル住宅に着目した中銀マンション株式会社社長の渡辺酉蔵が、黒川紀章に依頼してでき上がったのが「中銀カプセルタワー」である。
1970年代といえば高度経済成長期。黒川は「現代社会は転換期にさしかかっている。情報化社会、超技術社会、あるいは高度選択社会といった未来社会のイメージが議論されるのも、われわれの生活構造がこれから、どう変身していくのかを探る試みだ」と語っている。社会が流動化する中で、興味深いのは転居率の増大と、24時間における生活の多様化であった。また、「住む機能、働く機能、休養の機能は、地域的にも空間的にも分離されていたほうが生活しやすい。我々の24時間は、次第にこれらの生活機能を重ねた多重構造化しつつある」と述べている。そうした状況下で「中銀タワーマンション」は、帰宅時間が深夜12時から2時という、一日を2倍働くビジネスパーソンが生きる「24時間都市」に向けての提案であった。今となってはそんな働き方はせずとも、常に緊張を強いられる社会において重要なことは「自分らしい個人の空間」の確保だ。カプセル住宅とは、現代社会において自分を取り戻すための休憩の場であり、自分らしい思想を築くための情報拠点である。
外観を目にすると、この建築が持つメタポリズムの思想を強く感じることができる。背筋が座った姿勢の良さは、さすが黒川紀章である。カプセルユニットがまるでブドウの房のようにタワーに実り、周囲にその威容を放っていた。メタポリズムの傑作として世界中の建築家の羨望の目が注がれた建築だけある。その思想はメタポリズムの価値を現在に伝える重要な証拠だ。残念ながら、建物の骨格や外皮は健全だが上下水道が麻痺していた。メタポリズム(新陳代謝)に似つかわず、循環器系が機能不全を起こしていたのである。その結果、トイレ、シャワーも使えない居住者からクレームがあがり解体をまぬがれない状況をまねいた。建築と構造の技術的先進性に対して、設備の新陳代謝がプログラムされていなかったことが残念である。
次に、カプセルユニットを北浦和の埼玉県立近代美術館前の庭で視察。「24時間都市」「建築の装置化」をキーワードに、「マンション、ホテル、オフィス」の3つの機能に対応するユニットである。オーダーメイドで多様な機能を選択することができた。建物低層部にはフロントサービスを備え、セクレタリーサービス、電話対応、複写サービスを行うほか、タイプライター、ゼロックス、電子計算機の貸し出しを実施している。これらの機能は現代ではスマホ一台でほとんどの機能が足りていると思うと50年でのサービス進化は素晴らしいものがある。
中銀タワーマンションのカプセルユニットはわずか10㎡。そのユニット内に、情報系のコンソールユニット、設備系のエアコンユニット、収納用のクロークユニット、執務用のデスクユニット、そして休息用のマルチユーズフロアベットにユニットバスが整然とおさまり、狭さを感じない工夫が施されていた。内装は、白い壁にブルーのカーペットで超モダン。正面には大きな丸窓があり扇子のように開くブラインドが内蔵されていた。左の白い壁面にはコンソールユニットがあり、ソニー製のテレビとオープンリールデッキが収まっている。50年前のビジネスカプセルは、今見てもさまざまな機能を備えた魅力的な空間だ。まるで最先端のEV、テスラの車内にいるようである。黒川紀章の「自分らしい思想を築くための場」は命を失っていない。このユニットには、近代の文化的価値を感じる。大都市における自分の場、職場近くのビジネスユニットは、都市のハイブリッド勤務を生み出す装置であった。
さて、話が長くなったが現代に話を戻そう。新型コロナウイルスの感染拡大で急速に広まったのがテレワークだ。出社しなくても仕事ができる良さがある一方、職場と自宅に個人のスペースを確保することが課題となっている。大手町や丸の内の最新オフィスでも、オンライン会議用の個人スペースはない。先日、新丸ビルのロビーに、オンライン会議用の個人ブースが並んでいた。ピカピカの最新オフィスにも、個人ブースは備わっていなかったのである。大多数のオフィスワーカーを飲み込む空間ではあるが、オンライン会議ができる場がないというストレスが、パブリックロビーへの個人ブース設置に繋がったらしい。
職場と在宅でのハイブリッド勤務が注目されるなかで、これから重要となってくるのは自分の場つくりだ。中銀カプセルタワーはその意味で現代にも通用する。「21世紀の未来」に向けて考えられた中銀カプセルタワーが今、建設分譲されたらどうなるだろう。都市の中に個人の場を求める人が殺到し、即日完売となるかもしれない。誰かこのビルを再現しませんか。
(宮田多津夫)