経済優先から脱炭素社会へ
地球温暖化に起因する豪雨や干ばつ、山火事が世界中で頻発し、脱炭素へ向けた効果的なアクションが求められている。これまで地球温暖化を知りながら脱炭素に向けた行動を起こせない私たちに対して、地球は悲鳴を上げている
東京海上ビル(本館延べ6.3万㎡)のスクラップ&ビルドと、既存リノベーションのCO2排出量の差は13万トンにも上る。脱炭素が叫ばれる中で、巨大な排出量を伴う開発の意味はあるのか。私はそこに大きな疑問を感じる。現在の世界の動向は、経済優先社会から環境優先社会にあり、2021年は脱炭素社会に向けて、新たな行動を起こすタイミングと考えられる。自動車産業がガソリン車を廃止し電気自動車などへシフトするように、日本の建築・不動産業が再開発手法を見直すチャンスが訪れているといってもいい。
日本における最も価値のあるビジネス街「丸の内」でも栄枯盛衰は起きている。TOKYO2020に合わせて丸の内、八重洲、日比谷、渋谷などで、大型の再開発が頻繁に行われてきたが、一昨年から収まる気配がないコロナ禍で、在宅勤務にシフトした働き方が出現し、通勤ラッシュを避け自由時間を持てる「新しい働き方」への注目が集まっている。その結果、都心ビルの空室率平均は2021年6月には6%以上に。賃料低下に歯止めがかからない。その影響は最新の超高層ビルにも影響を与えており、ビル建替えを再考する動きが顕在化してきた。東京海上ビルは、本当に建て替える必要性があるのだろうか。「2030年コロナ後の社会」と「環境的側面」と「昭和建築保存の価値」から考察する。
「新しい働き方」と再開発
1991年7月、ダラスでのこと。視察で香港からアメリカ西海岸に飛び、ダラスに入った。アメリカのスター建築家が腕を競ってデザインした超高層建築群を目にしたとき、不気味な印象を受けた。人がいないのである。立派な巨大ビル、足元の広場には草花と噴水で環境は整っているが、巨大ビルには入居がなく閑散としていた。需要と供給のバランスが崩れていた。数日前に見た香港での熱気とは対照的な風景。香港での開発ラッシュに比べ、アメリカではすでに巨大建築が行き場を失っていた。
2021年の東京は1991年のダラスに似ている。人口減少時代とDXの浸透、コロナ禍における「新しい働き方」の出現により、郊外や在宅の仕事環境が生まれ、都心オフィスの価値は一変した。おそらくすべてのオフィスワーカーが、コロナ感染対策で在宅勤務を経験し、都心オフィスで行う事務作業や会議が、オンラインでつなぎながらの在宅勤務で遂行可能なことを知った。「自由時間と空間のゆとり」を備えた郊外オフィスの価値を知ったのである。その動きの中で、一流企業であってもオフィスの都心集中型から分散型を模索し始めている。在宅とサテライトオフィスとを組み合わせた本社機能の再編も始まっている。時代は「新しい働き方」に向かい、都心再開発の意義が問われているわけだ。
再開発への疑問
産業革命以降、産業は石炭と石油、鉱物資源をもとに拡大し、都市への人口集中と大規模開発が始まった。世界では250年前から、日本では150年前の明治初期から産業革命が本格化。「丸の内」ではこの130年間に2~3回の改築を経てビルが巨大化してきた。世界に誇れる都市環境と経済発展のために、我々は疑問を持たずに再開発の夢を描いてきた。
ところが、いま世界中で干ばつ、洪水、森林火災、巨大台風、集中豪雨、土砂災害などが頻発している。「地球の裏側」での状況に目を向ければ、10億人もの貧困があり、気候変動による干ばつで食料や水が不足している。明日の命すら心配な状況があるわけだ。
我々は気候変動や環境破壊に対して、目をそらしているのではないか。現実に無頓着過ぎないか。建設工事では、既存解体、土工事、鉄骨やコンクリートの躯体、仕上で13万トンのCO2を排出する。車一台が一年間に排出するCO2排出量は2300㎏。このビルを保存するだけで、車57000台分のCO2 削減になるのである。これからも無関心なまま、再開発を続けていいのだろうか。文化的・歴史的価値がある東京海上ビルを解体し、環境を阻害してまで巨大開発を続けるべきなのか。これが環境面から見た、第一の疑問である。
「建築ゴミ」の問題
廃プラスチックによる海洋汚染問題にも注目が集まっている。建築に関しても壊せばゴミが出るため、この問題とは無関係ではない。2021年7月3日の集中豪雨で伊豆山土砂災害が発生し、死者・行方不明者27名の命が絶たれた。その原因は、傾斜地につくられた産業廃棄物の上部の建設残土で、5万トンの盛土が集中豪雨で崩壊したことだ。
破壊され海に流れた建築廃棄物の中には多くの廃プラスチックが含まれていた。産業廃棄物を地下埋設するにも限度がある。東南アジアに輸出され不法投棄されるものもあり、処分には困っている。スクラップアンドビルドでは、多くの「建築ゴミ」がでる。新築資材には梱包材や緩衝材などにプラスック製品が利用されている。混合廃棄物の中での廃プラの占める割合は新築時8%、解体時13%もある。スクラップアンドビルドを行えば、海洋汚染につながる「建築ゴミ」を大量に放出することになる。再開発に対する慎重な判断は、海洋汚染の廃プラ問題にもつながるのである。
「昭和建築」の価値
脱炭素社会に向けて、私たちはどのような街並みを創っていくべきだろうか。東京海上ビルのような昭和30年から60年代の戦後日本の復興期から経済成長期に建てられた「昭和建築」が、容積率アップによる不動産業活性化の政策により、建て替えの危機にある。すでに多くの建物がスクラップアンドビルドを経て失われていたが、一度失われた価値はそう簡単には取り戻せない。「昭和建築」にはその当時の建築文化を伝える職人肌のディテールや、昭和を感じるデザインなど継承に値する価値が多く含まれている。その意味でも、東京海上ビルのような「昭和建築の保存」を考えるべきである。昭和も歴史の一部であり保存すべき文化だ。街の文化として残し、歴史を積み重ねた街をめざすべきである。
「長期循環型建築」へ
「東京海上ビル」の再開発は、地球環境と建築文化に関わる重要な問題である。東京海上ビルを壊さずリノベーションすれば、13万トンのCO2排出量を削減できる。壊さずに活かせば脱炭素は達成される。この問題を契機にして、現代の都市と建築デザインの思想転換を考えたい。新築することを前提に短期的に消費される建築ではなく、街並みと調和した保存価値のある長期循環型の建築が目標となる。
- 壊すことにブレーキ
建築ゴミの削減のために、スクラップアンドビルドから既存建築を活用するリノベーションやコンバージョンを重視して「住み続ける建築」へシフトする。無謀な開発や建て替えをやめて既存建築を生かし、ほかの用途にコンバージョンしながら再生する。街の記憶をつなげながらほかの機能を持たせ、建築を活かしていくことが重要である。 - 建築デザインを変える
これまでの個性的な新築デザインでは、周辺との調和を見出せず、短期的に解体される例も多く存在した。脱炭素時代の新築デザインは、文化と記憶のつながる「長期循環型デザイン」 である必要がある。「記憶をつなぐ」ことを重視し、街の人が建築や街に愛着を持てる景観を生み出すこと。これが前提となる。欧州では街並みは公共のものであり、控えめな外観デザインで調和を重視する。日本の建築家も、街なみの公共性の考察から再出発すべきである。 - 「建築文化」の民意形成
「この建築は壊せない」という民意を引き出すことが重要。公共の利益を優先し、街並みと調和することを考えて建築をつくる。建築寿命を伸ばすために街と調和し、年月を重ね建築を目指したい。建築が街の文化に寄与すれば、街の文化は保たれ建築は壊されずに残っていくはずだ。
これからに向けたメッセージ
「東京海上ビルを壊さず再生する」ことは、これからの日本の脱炭素社会に向けた大きなメッセージとなる。SDGsは地球が持続するための世界共通の考え方である。自らの利益のみを追求していては地球の環境を守れない。そうした切実な思いをもって今後の仕事にあたりたい。
(宮田多津夫)